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犬の応急処置と心肺蘇生(CPR)|2026年に出た世界初の獣医応急処置ガイドラインで整理する

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犬の応急処置と心肺蘇生(CPR)|2026年に出た世界初の獣医応急処置ガイドラインで整理する

散歩から帰ってきた犬が、玄関でぐったりして動かない。おやつをのどに詰まらせて、声も出せずに前足で口をかいている。夏の終わりの土手で、急に立ち止まって倒れ込む。こうした場面は、起きてほしくないからこそ、ほとんどの飼い主が「そのとき自分が何をするか」を決めないまま暮らしています。そして実際に起きたとき、多くの人はスマートフォンで検索を始めてしまいます。

犬には救急車が来ません。消防法が定める救急業務は、事故などによる「傷病者」を救急隊が医療機関その他の場所へ搬送することと規定されていて、動物はその枠の外にあります。つまり、心臓が止まった犬を動物病院まで運ぶのは、その場にいる人しかいません。人の救命では「救急隊が来るまでの数分間」を市民がつなぎますが、犬の場合は「自分が運転して着くまでの十数分から数十分」を、自分でつなぐことになります。

この記事は、その数十分のための整理です。土台にしたのは、獣医療の心肺蘇生ガイドラインをつくっているRECOVER(Reassessment Campaign on Veterinary Resuscitation)の一次資料です。RECOVERは2012年に最初の犬猫CPRガイドラインを公表し、2024年6月26日に12年ぶりの全面改訂版を『Journal of Veterinary Emergency and Critical Care』誌に発表しました。そして2026年8月、同誌の別冊(36巻Suppl 1)に、犬と猫の「応急処置(First Aid)」についての世界で初めての、エビデンスと合意にもとづくガイドラインが掲載されました。熱中症、窒息、出血、やけど、誤飲、そして飼い主によるCPRまでを、GRADEという手法で系統的に評価した文書です。

9月は、日本でこの話題を考えるのにちょうどよい時期でもあります。9月1日が防災の日、令和8年度の防災週間は8月30日から9月5日まで(内閣府・中央防災会議決定)。続いて9月9日が救急の日で、令和8年の救急医療週間は9月6日から12日まで。さらに9月20日から26日は動物愛護週間です。人の備えを見直す流れのなかで、犬の分もいっしょに整えてしまうのが、いちばん現実的だと思います。

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2026年、犬の「応急処置」に初めてガイドラインができた

RECOVERは、米国獣医救急集中治療専門医協会(ACVECC)と獣医救急集中治療学会(VECCS)を背景にもつ非営利のプロジェクトで、100人を超える専門医が参加してガイドラインをつくっています。手法はGRADE(推奨・評価・策定・検証の格付け)を獣医療向けに修正したもので、臨床設問をPICO形式に落とし、2名の評価者が独立して文献を評価し、国際的なコメント期間を経て確定させる、という流れです。

これまでの流れを並べると、次のようになります。

年内容掲載
2012年最初の犬猫CPRガイドラインJ Vet Emerg Crit Care
2024年6月26日CPRガイドライン改訂(BLS・ALS・モニタリング)同誌 34巻Suppl 1
2025年新生子(生まれたばかりの子犬・子猫)の蘇生ガイドライン同誌 35巻Suppl 1
2026年8月応急処置(First Aid)ガイドライン同誌 36巻Suppl 1

2026年版の応急処置ガイドラインは3本の論文で構成されています。臨床ガイドライン本体(Mandell DC ほか、S36-S62頁)、根拠評価と知識のギャップ分析(Thawley VJ ほか、S3-S35頁)、そしてアレルギー・アナフィラキシー編(Burkitt-Creedon JM ほか、S63-S89頁)です。本体では10の設問に対して38の治療推奨が示され、扱われた状態として熱中症、窒息、やけど、非腐食性の毒物の摂取、低血糖、四肢の重度出血などが挙げられています。

メモ

この論文は「獣医療者向けに書かれたもの」だと明記されています。意図されているのは、獣医師や動物看護師がこの内容をもとに飼い主・ハンドラー・ペット関連の事業者を教育すること。ただし、論文中のアルゴリズム図と手技の解説図は一般の人向けの言葉で書かれている、とも書かれています。この記事も、その線引きをなぞって、家庭で判断できることだけを扱います。

そして、著者たち自身が根拠の弱さを隠していません。38の推奨のうち、根拠の質が「低い」または「非常に低い」ものが15件、根拠が見つからず「専門家の意見」にもとづくものが18件。結論部でも、傍観者が状態を見分けて院外で応急処置を行う最適な方法については不確実性が残る、と述べられています。**「最新のガイドラインができた」ことは、「答えが出た」こととは違います。**この前提を持ったうえで読み進めてください。

手を出す前に決める2つのこと

1. 自分が安全かどうか

RECOVERの応急処置ガイドラインは、個々の手技の前に「現場の安全と提供者の力量」という節を置いています。人の応急処置ガイドラインが救助者の準備と安全を最優先することにならい、安全でない現場がありうること、痛みや恐怖、気質のせいで攻撃的になっている動物がいることを認めたうえで、提供者へのリスクが高いと考えられる場合には応急処置を行わないことを一様に推奨する、としています。

これは冷たい話ではありません。事故現場や交通量のある道路、パニックになった大型犬、腐食性の薬品——ここで飼い主が負傷すると、犬を運ぶ人がいなくなります。実際、38の推奨のうち複数が「救助者へのリスクが高い場合は行わないことを推奨する」という形で書かれています。止血帯も、熱中症や熱傷の冷却も、化学熱傷の洗浄も、窒息への介入も、傍観者によるCPRも、この条件がついています。

2. どこへ運ぶか

もうひとつは、行き先です。応急処置ガイドラインは、院外で心停止が起きた場合について「最寄りの開いている動物病院へできるだけ早く搬送する」ことを強く推奨しており、それ以外の場面でもアルゴリズムは最終的にすべて受診へ行き着く設計になっています。裏を返せば、「最寄りの開いている動物病院がどこか」を知らないと、この推奨は実行できません。

今日のうちに調べて、スマホと冷蔵庫に貼っておくもの

  • かかりつけ動物病院の電話番号と、診療時間・休診日
  • かかりつけが閉まっている時間帯の連絡先(留守電の案内で夜間病院を案内していることがある)
  • 自宅から行ける夜間・救急対応の動物病院の名前・電話・住所・所要時間(昼と夜で経路が変わることがある)
  • その病院が犬を受け入れているか、事前電話が必要か、駐車場はどこか
  • 中毒110番(一般専用・365日24時間・情報提供料無料)大阪 072-727-2499 / つくば 029-852-9999
  • 車がない場合の移動手段(タクシー会社でペット同乗の可否を確認しておく)
  • 犬の体重、飲んでいる薬、既往歴、かかりつけの担当獣医師名をメモした紙かスマホのメモ

中毒110番の番号・受付時間・費用は、公益財団法人日本中毒情報センターの「中毒110番・電話サービス(一般専用)」の記載によります。同センターは「イヌの中毒事故を防ぐために」のページで、中毒110番にはペットの誤飲事故などの動物の急性中毒に関する問い合わせが年間約500件あり、その9割がイヌの事例だと説明しています。ただし動物専用の窓口ではないため、動物病院への連絡と並行して使う位置づけで考えてください。

RECOVERの院外CPRアルゴリズム(一般の救助者向け)は、安全確認のあと「助けを呼ぶ」から始まります。そして、携帯電話で助けを呼ぶときはスピーカーホンにすることをすすめています。理由は単純で、耳に当てたり文字を打ったりしていると手がふさがるからです。誰かに電話をかけてもらいながら自分は手を動かす、二人以上いるならそう分担する。これがいちばん現実的です。

心停止をどう見分けるか——脈は探さない

ここがいちばん誤解の多いところです。

2024年のRECOVERガイドラインは、治療推奨表の冒頭で「無呼吸で無反応の犬や猫に対しては、大腿動脈圧や心尖部拍動を触診することなく、BLSを開始することが推奨される」(強い推奨、エビデンスの質は非常に低い)と明記しています。人でも動物でも、脈の触知は熟練者でも当てにならず、探している間に時間だけが過ぎるからです。

判断材料は2つだけです。

  1. 1

    反応があるか

    呼びかけて、体を軽く揺すってみる(交通事故や転落のあとで脊椎の損傷が疑われるときは、体を動かさずに呼びかけだけで確かめてください)。RECOVERの表現は「揺さぶり、大声で呼びかけた後に」です。反応があれば心停止ではありません。
  2. 2

    規則的に呼吸しているか

    胸やお腹の動きを見る。2024年版の解説では、不規則な呼吸や「あえぎ(agonal gasps)」は、呼吸ありではなく「No」に分類すべきだとされています。ときどき大きく口を開けてしゃくり上げるような動きは、呼吸をしている証拠にはなりません。
  3. 3

    どちらもなければ、始める

    反応がなく規則的な呼吸がない——この2つが揃ったら、心肺停止として扱ってBLS(一次救命処置)を開始します。

2026年に変わった点: 気道確認より先に胸部圧迫

2024年のCPRガイドラインでは、救助者が1人の場合、胸部圧迫を始める前に気道を評価し、安全なら明らかな閉塞を取り除くことが推奨されていました。ただしその評価は可能な限り短時間に行い、圧迫の開始が10〜15秒以上遅れないように、という条件つきです。

2026年の応急処置ガイドラインは、ここを変更しました。院外の状況では、救助者が1人しかいない場合でも、気道を確認したり息を吹き込んだりせず、意識がなく規則的な呼吸がないと認識してから10秒以内に胸部圧迫を開始することを推奨しています。論文中では「圧迫を先に(Compressions-Airway-Breathing)というBLS開始法への移行は、初期評価とBLSに関するRECOVERガイドラインの更新(すなわち変更)である」と、変更であることを明示しています。

理由も書かれています。異物による気道閉塞は胸部圧迫そのもので外れることがあり、しかも手で取り除こうとするより確実な可能性がある。一方で、一般の人が異物を取り除こうとして貴重な時間を費やしてしまうおそれがある——そういう判断です。同時に、これは「わかっていないこと」の筆頭にも挙げられていて、犬猫では窒息由来の心停止が人より多い可能性があり、気道評価と人工呼吸を先にすべきかどうかは今後の研究課題だ、とも書かれています。

注意

迷ったときは、判断を長引かせないでください。RECOVERの考え方は一貫して「心停止でない動物に胸部圧迫をしてしまうリスク」より「心停止の動物に何もしない数十秒」のほうが重いというものです。ただし、これは反応がなく、規則的な呼吸もない動物に限った話です。ぐったりしていても呼吸している犬に胸部圧迫をしてはいけません。その場合にやるべきなのは、安全に運べる姿勢をつくって、すぐ動物病院へ向かうことです。

胸部圧迫——速さと深さと、犬の胸の形

共通の数値

2024年RECOVERガイドラインの数値は、日本語版(RECOVER公式が公開している翻訳PDF)でもそのまま確認できます。

項目推奨
速さ1分間に100〜120回
深さ(横向きに寝かせた場合)圧迫点における胸郭幅の3分の1〜2分の1
深さ(仰向けの場合)圧迫点における胸郭の深さの4分の1
戻し毎回、胸郭を完全に再拡張させる
圧迫と非圧迫の比50:50を目標
1人が続ける時間2分まで(交代する)
中断10秒未満に抑える

「1分間に100〜120回」は、1秒に2回弱のテンポです。速すぎるくらいに感じますが、遅いと血液が送られません。完全に戻す(full recoil)ことも同じくらい大切で、押しっぱなしにすると心臓に血液が戻らなくなります。

犬の胸の形で、当てる場所が変わる

ここが犬のCPRの特徴です。人と違って、胴の断面がまったく違う犬が同じ「犬」として扱われるため、RECOVERは体型ごとに推奨を分けています。

体型代表例体位手を当てる場所考え方
胸の深い犬(keel-chested)サイトハウンド(ウィペット、ボルゾイなど)横向き心臓の真上心室を直接押す「心臓ポンプ」
円筒形の胸(round-chested)レトリーバー、ピットブル型横向き胸郭のいちばん広い部分胸腔内圧を変える「胸郭ポンプ」
幅の広い胸(wide-chested)イングリッシュ・ブルドッグなど自然に仰向けで安定するなら仰向け胸骨の中央深さは胸郭の4分の1
小型犬・猫—横向き心臓の位置(3つの手技から選ぶ)両手重ねは押しすぎになりうる

心臓の位置の探し方も具体的に書かれています。横向きに寝かせた状態で上腕骨を後方に回転させ、肘の先端が胸骨と胸椎のあいだの距離を3等分したうち胸骨に近い線に来るようにすると、心臓は肘の先端のすぐ下にある、という説明です。肘の位置を基準にすると探しやすくなります。

小型犬と猫については、両手を重ねる方法だと心臓を圧迫しすぎる可能性があるとして、次の3つのいずれかが推奨されています。

  • 両親指を使う全周法: 両手で胸郭を包み、両方の親指と対向する指のあいだで心臓を圧迫する
  • 片手の包み込み法: 利き手の親指と平らにした指で胸骨側から胸郭を包み込み、反対の手で背側を支える
  • 片手の掌底法: 利き手の掌底で心臓を圧迫し、反対の手で背側を支える

ヒント

中型犬から大型犬では、姿勢が力を決めます。RECOVERは、肘を伸ばしてロックし、手首を曲げ、肩を手首の真上に置くこと、そして腹筋を使って圧迫することをすすめています。腕の力で押そうとすると、30秒ももちません。床に寝かせているなら膝立ちになり、肩が手首の真上に来る高さをつくってください。

人工呼吸をどうするか

気管挿管ができない状況(つまり家庭のほぼすべて)では、圧迫30回に対して人工呼吸2回(30:2)が推奨されています。30回押したら、数秒以内の中断で2回息を吹き込み、すぐ次の30回に戻る。2026年の応急処置ガイドラインでは、この2回を5秒以内に行うとされています。吹き込むときは、犬の首と頭を背骨と一直線にそろえること。これをしないと気道が折れて空気が入りません。

2024年改訂の目立つ変更点のひとつが、この人工呼吸の優先順位でした。改訂版の要旨には「非挿管動物では、口鼻人工呼吸よりバッグマスク換気が優先される」と書かれています。密着するフェイスマスクと用手蘇生器(いわゆるアンビューバッグ)が使えるなら、そちらを使う。ただし2026年の応急処置ガイドラインは、一般の救助者向けのアルゴリズムを別に用意していて、そうした器材がない前提では口鼻(マウストゥノーズ)人工呼吸を推奨しています。

例外もはっきり書かれています。救助者に個人的な危険がある場合——人獣共通感染症のおそれや、麻薬類への曝露が疑われる場合など——には、口鼻人工呼吸をせず、胸部圧迫のみのCPRを行う。ここは飼い主の判断でよい、と読めます。

家庭のCPRで、何がどこまで期待できるのか

正直に書きます。数字は厳しいです。

FletcherとBollerが2013年の総説で書いた「犬猫が心肺停止を起こしたときの生存退院率は6〜7%で、人の20%と比べて低い」という一文は、いまも大きくは変わっていません。スイスの獣医教育病院の報告では、RECOVER前(2010-2012年)は23%が自己心拍再開(ROSC)し1%が生存退院、RECOVER後(2018-2020年)は28%がROSCし4%が生存退院でした。16施設が参加したRECOVERのCPRレジストリ(2016年2月-2021年12月、院内発生)では、犬354頭のうち132頭(37.3%)がROSCに至っていますが、生存退院は犬で4.0%でした。ROSC(心拍が戻ること)と生存退院は別のもので、心拍が戻っても退院までたどりつく犬はまだ多くありません。

そして、そのほとんどは「病院の中で起きた心停止」です。2025年に3つの獣医教育病院から報告された、生存退院した犬25頭・猫15頭の研究では、心停止の92%が院内かつ目撃されたもので、院外は8%。85%が全身麻酔または鎮静の最中でした。

夜中に急に倒れて、動画で見た心臓マッサージを必死にやりました。着いたときにはもう手遅れでした。あのとき何が正しかったのか、いまだにわかりません。
小型犬と暮らす飼い主

それでもRECOVERが「ただちに行う」と強く推奨する理由

2026年の応急処置ガイドラインは、この点でかなり率直です。犬と猫で、飼い主によるCPRが院外心停止の転帰を改善するかどうかを直接調べた研究は1件も見つからなかったと書いています。それでも「救助者へのリスクが低い限り、院外心肺停止の犬猫にはただちに傍観者によるBLSを行うことを推奨する」(強い推奨、エビデンスの質は中等度)としました。

根拠は人のデータです。約100万人の院外心停止を含む23件の観察研究を評価し、心原性か非心原性かにかかわらず、そのすべてで傍観者によるCPRが生存を有意に改善していた、おおむね2〜3倍だった、としています。うち7件は窒息など呼吸原性の院外心停止2万人以上を扱ったもので、犬猫との関連が特に高いと位置づけられています。追加で拾われた2023年の中国のメタ解析(38研究・233,376人)では、傍観者CPRを受けた集団の生存退院率の中央値は3.66%(3.06〜3.85%)で、救急隊到着まで何もされなかった集団の1.23%(0.57〜1.36%)より高かったと報告されています。

もうひとつ、この論文には印象的な一節があります。院外で呼吸停止に陥った犬が、飼い主が口鼻人工呼吸を続けながら約45分間車で運ばれて、生き延びたという報告が少なくとも1件ある、というものです。

搬送しながら続けられるか

ここは現実的に書かれています。院外CPRで、ROSCが得られないまま搬送するとなると、大型犬では救助者の安全のためにCPRを中断せざるをえないことが多い。中断すれば結果は悪くなる。一方で、猫や小型犬なら、シートベルトを締めた同乗者が全周法や片手法の胸部圧迫と口鼻人工呼吸を続けられる可能性があり、その場合は搬送中もBLSサイクルを続けたほうがよい結果につながりうる、としています。推奨としては「救助者の安全を第一に、適用される車両乗車の法令に従いながら、搬送中も継続的にBLSを行う」(強い推奨、専門家の意見)です。

**家庭のCPRの目的は「生き返らせること」ではありません。**動物病院に着くまでのあいだ、脳と心臓に血液を送り続けることです。そこから先は、気管挿管、酸素、薬、心電図、除細動——飼い主にはどうやっても用意できないものの出番になります。だからこそ、CPRと同じくらい「運ぶこと」が重要になります。

CPRより先に効く場面別の応急処置

心停止に至る前に手を打てる場面のほうが、実際にははるかに多い。ここからは、2026年の応急処置ガイドラインが扱った項目を中心に、「やること」と「やってはいけないこと」で並べます。

熱中症

RECOVERは、熱中症の兆候がある犬猫をできるだけ早く涼しい環境に移すこと(強い推奨)と、現場での積極的な冷却(強い推奨)を推奨しています。方法は具体的ですが、以下の個々の手技はいずれも弱い推奨(専門家の意見)である点に注意してください。

  • 首より後ろ(体幹)に冷たい流水をかける。被毛のいちばん薄い部位、通常は腹側に重点を置き、皮膚まで濡らす
  • 一度かけて放置するより流し続けるほうがよい(水が動かないと断熱層ができて冷却効率が落ちるため)
  • 顔にかけない(誤って溺れさせないため)
  • 直腸温が測れるなら39.7〜40.0℃で積極的な冷却をやめ、水を止めて体を拭く
  • いびき様の呼吸音(stertor)や笛のような呼吸音(stridor)があるなら、パンティングが明らかに改善するか38.6℃になるまで(早いほう)続ける
  • 体温が測れない状況なら、搬送前に15分冷やす
  • 冷やしたらタオルで拭いて、ただちに動物病院へ

RECOVERが「すすめない」としたものもあります。浴槽やシンクでの冷水浸漬(CWI)です。人ではCWIがもっとも有効な冷却法とされますが、犬猫は自分で顔を水面から出しておけず指示にも従えないため、意図しない溺水と救助者へのリスクが高すぎると判断されました(図に挙げられているのは、屋外のレジャーや山中といった環境での後躯の水没や、クーラーボックスの氷水をかける方法までです)。同じく、やってはいけないのは、肉球や足先だけを冷やして済ませることです。RECOVERは、人では手足だけの冷水浸漬でも何もしないよりよいとしつつ、犬猫では肉球の表面積が小さく皮膚の性状も違うため、足だけを冷やす方法は推奨しないと明記しています。それから、救助者へのリスクが高いときは現場での冷却を行わないことも、あわせて推奨されています。

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のどに詰まらせた(窒息)

意識がある犬には、まず最大5回の背部叩打です。RECOVERは、犬猫の背骨は人より突出していて直接叩くと損傷しうるため、背骨を外して胸郭の後背部を片側または両側から強く叩くことを提案しています。5回で外れなければ別の手技(頭を体より低くする、腹部突き上げ、胸部突き上げ)を試し、それも駄目ならまた背部叩打に戻る——このサイクルを、意識があるあいだ繰り返します。

なぜ背部叩打が先かというと、人での唯一の直接比較研究で、背部叩打は腹部突き上げの約2倍有効だったからです。加えて腹部突き上げには、大動脈血栓、大動脈解離・破裂、脾破裂、胃破裂、気管裂傷といった、致命的なものを含む合併症が人で報告されています。犬猫は小さく体型も多様なため、人より損傷の可能性が大きいかもしれない、とも書かれています。

注意

**意識のある犬の口に手を入れないでください。**RECOVERは明確に「意識のある犬猫の口に手を伸ばそうとしてはいけない」としています。噛まれれば救助者が動けなくなりますし、異物を奥へ押し込むおそれもあります。意識を失った場合でも、見えないまま指で掻き出すこと(blind finger sweep)は行わないことを強く推奨しています。理由は同じで、異物をさらに奥へ押し込むからです。

意識を失ったら、順番はこうなります。

  1. 1

    ただちに胸部圧迫を30回

    1分間に100〜120回のペースで。胸部圧迫そのものが異物を外すことがあり、手で取ろうとするより確実な可能性がある、というのがRECOVERの説明です。
  2. 2

    口の中を見て、見えれば取る

    圧迫の中断は10秒を超えないこと。見えなければ、探さずに次へ進みます。
  3. 3

    口鼻人工呼吸を2回、5秒以内で

    まだ意識がなければ行います。
  4. 4

    繰り返す

    異物が外れるか、搬送を手伝ってくれる人が来るまで、30回の圧迫・気道確認・2回の呼吸というサイクルを続けます。

そして、背部叩打や腹部突き上げなど人の手を借りて気道を通した動物は、すべてただちに獣医師の診察を受けることが強く推奨されています。異物閉塞そのものの合併症も、手技による合併症も、それなりの頻度で起こるためです。

大量出血

基本は直接圧迫です。頭・首・体幹からの出血は、直接圧迫と迅速な搬送が最善の選択肢で、これらの部位に止血帯は使えません。

四肢または尾からの出血で、動脈性の拍動する出血や明らかに重度の出血が直接圧迫だけで止まらない、あるいは大きく改善しない場合は、止血帯が命を救いうる、とされています。推奨の強さは意識の有無で分かれていて、意識がある場合は「提案(弱い推奨)」、意識を失っている場合は「推奨(強い推奨)」です。差がついているのは、外傷も止血帯装着も痛みを伴い、噛傷のリスクが実際にあるからです。

  • 人用の既製の止血帯は、犬猫の四肢の太さや形に合わないことが多い
  • スカーフやネクタイなど、家庭にあるもので即席に作ったものでも、正しく当てれば有効という根拠がある
  • 幅は5cm(2インチ)以上が望ましい。細いと必要な圧が上がり、痛みと組織損傷が増える
  • ベルトより、スカーフやネクタイのほうが結んで締めやすい
  • 出血部位より心臓側に一周させ、単純な結び目をつくり、出血が目に見えて弱まるまで締める
  • ずり下がったら少しゆるめて、より心臓側で締め直す
  • 追加の結び目やダクトテープで固定し、搬送中も外さない。外すのは動物病院で

やけど・化学物質

熱傷は、受傷後3時間以内に、できるだけ早く、冷たい流水で20分以上冷やすこと(強い推奨、エビデンスの質は中等度)。これは38の推奨のなかでも根拠の質が高いほうです。流水が使えないときは、冷たい水で濡らしたタオルや保冷剤などの代替手段でも20分以上(弱い推奨、中等度)。氷水より「冷たい水」がよく、ホースや水道の清潔な水が理想とされています。顔の近くには水をかけません。

腐食性の薬品が皮膚についた場合は、最低15分の流水洗浄(強い推奨)。ただしその前に、使い捨て手袋、長袖、顔と目の保護具を身につけることが強く推奨されています。粉状や塊状のものは、安全にできる範囲で先に払い落とします。犬が患部を舐めようとするなら、可能ならエリザベスカラーを装着して口の中のやけどを防ぐ、とも書かれています。

誤飲・中毒

2026年版で初めて明確な線が引かれたのがここです(RECOVER自身が「更新すなわち変更」と述べているのは、初期評価とBLSのC-A-Bへの移行についてです)。RECOVERは、急性の毒物摂取後、家庭で日常的に催吐(吐かせること)を行わないことを強く推奨しています(エビデンスの質は低い)。

理由は2つ。ひとつは、人で一貫した豊富な根拠があり、院外や早期の催吐は生存も症状の重さも入院の必要性も改善しないこと。もうひとつは、家庭で使われる催吐手段そのものに害があること。オキシドール(過酸化水素水)の経口投与は犬で確かに嘔吐を起こしますが、催吐に用いる量で犬にも猫にも意味のある消化管の損傷が起きた報告があります。トコンシロップも、激しい嘔吐や下痢、鎮静などの副作用が知られています。

例外として、すぐに動物病院にかかれない状況で、獣医師または中毒情報の窓口が催吐をすすめた場合には、その助言に従うことが提案されています(弱い推奨、専門家の意見)。自己判断で吐かせない、というのが2026年時点の答えです。

注意

意識がもうろうとしている、けいれんしている、うまく飲み込めない——こうした状態のときは、口から何かを飲ませること自体が誤嚥につながります。RECOVERは低血糖の項でも「発作中の犬猫には、経口・粘膜のいずれによる投与も行わないことを強く推奨する」としています。飲ませる・吐かせるより、運ぶことを優先してください。

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けいれん発作

けいれんは、2026年のRECOVER応急処置ガイドラインが扱った10項目には入っていません。家庭での対応の考え方は、ACVIM(米国獣医内科学専門医協会)が2024年に出したてんかん重積・群発発作のコンセンサスステートメントが参考になります。

同文書は、ILAE(国際抗てんかん連盟)が「5分を超える発作」をてんかん重積の定義に取り込んだ経緯を説明し、国際獣医てんかんタスクフォース(IVETF)も同じ5分という時間枠を使い、さらに「意識の回復がないまま2回以上の発作が起こる」ことを重積の定義に含めた、と記しています。つまり、5分を超えて続く発作、または意識が戻らないうちに繰り返す発作は、緊急事態です。

家庭でやることは限られています。

  • 時計を見る。始まった時刻を記録し、可能なら動画を撮る(獣医師にとって非常に有用な情報になります)
  • 周囲の家具や階段から遠ざけ、落下しないようにする。体を押さえつけない
  • 口に手やものを入れない(舌を飲み込むことはありません。噛まれます)
  • 照明を落とし、音や刺激を減らす
  • 5分を超える、続けて起きる、終わったあと意識が戻らない、呼吸が苦しそう——このいずれかならすぐ受診
  • かかりつけから発作時の薬(たとえば経鼻投与用のミダゾラム)を処方されているなら、その指示どおりに使う

ACVIMのコンセンサスは、院外の場面では犬への経鼻ミダゾラムを推奨度A(最高位)としています。ただしこれは、あらかじめ獣医師が処方し、使い方を指導している場合の話です。人用の薬を自己判断で使うことではありません。

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アナフィラキシー

2026年のRECOVER応急処置ガイドラインには、アレルギーとアナフィラキシーだけを扱った別冊があります。ただしこちらは、本体と違って全編が獣医療者向けに書かれていると明記されています。飼い主が家庭で判断する内容としては扱われていません。

そのうえで、飼い主に関係する記載が2つあります。ひとつは、呼吸に影響が出ているアレルギー反応では、経口の抗ヒスタミン薬を飲ませないことを提案していること(弱い推奨、専門家の意見)。もうひとつは、過去にアナフィラキシーを起こしたことのある犬猫の飼い主に対して、体重に合わせて用量を調整したアドレナリンのプレフィルドシリンジを、家庭での使い方の指示とともに処方することを提案していること(弱い推奨、専門家の意見)です。

つまり、ハチに刺されて全身のじんましんや顔の腫れ、嘔吐、ふらつき、呼吸の変化が出たときにできるのは、その場で薬を探すことではなく、すぐに動物病院へ向かうこと。そして、一度アナフィラキシーを経験した犬なら、次に備えて何を持っておけるかをかかりつけと相談しておくことです。

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溺水

溺水も、2026年版の10項目には含まれていません。ただし根拠評価編は、健康だった犬猫でも異物による気道閉塞や溺水といった予期せぬ状況で院外心停止が起こりうる、と記しています。

人の領域では、米国心臓協会と米国小児科学会が2024年に溺水に特化した重点改訂を出しています。そこでは、溺水は水没による低酸素で呼吸が止まり、そこから心停止へ進行するため、この状況からの蘇生は循環の回復と同じくらい呼吸の回復に重点を置かなければならないとされています。犬猫向けの推奨ではありませんが、RECOVER自身が人の応急処置ガイドラインを出発点として設問をつくっていることを踏まえると、考え方の参考になります。

家庭で押さえたいのは次の点です。逆さ吊りにして水を抜こうとすることに時間を使わない。反応がなく規則的な呼吸がなければ、院外CPRアルゴリズムどおりに胸部圧迫を始め、30:2で口鼻人工呼吸を入れる。そして、その場で回復したように見えても必ず受診すること。水を吸い込んだあとの肺の障害は、時間をおいて悪化することがあります。

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骨折・転落・交通事故

外傷では、まず現場の安全です。RECOVERが繰り返し書いているとおり、痛みのある動物は攻撃的になりえます。運ぼうとして噛まれる事故は珍しくありません。呼吸に問題がなければ、そっと口をタオルで覆う、あるいは口輪を使うことも選択肢になります(これはRECOVERの推奨ではなく編集部の補足です。嘔吐しているときや呼吸が苦しそうなときは絶対にしないでください)。

搬送は、体をねじらないことが基本です。板、硬めのトレー、キャリーの底板、大きめのバスタオルなどで体全体を支えて、平らな姿勢のまま車に運びます。骨折した肢を引っぱって整復しようとしたり、家庭で添え木を巻いて固定しようとしたりする必要はありません。動かさずに運ぶほうが安全です。

外から見て傷がなくても、転落や交通事故のあとは受診してください。RECOVERの応急処置アルゴリズムでも、傍観者が気になった時点で(眠っていただけと判断できた場合を除いて)最終的にはすべて「最寄りの開いている動物病院へ行く」に行き着く設計になっています。

やってはいけないことだけを、もう一度まとめる

場面やってはいけないこと根拠の要点
心停止の判断脈を探すことに時間を使う無呼吸・無反応なら触診せずBLS開始(強い推奨)
窒息(意識あり)口に手を入れるRECOVERが明確に否定
窒息(意識なし)見えないまま指で掻き出す異物を奥へ押し込む(強い推奨で否定)
誤飲・中毒自己判断でオキシドールなどで吐かせる日常的な院外催吐は行わないことを強く推奨
けいれん中口に手やものを入れる、薬を飲ませる発作中の経口・粘膜投与は行わないことを強く推奨
熱中症足先だけ冷やす、顔に水をかける、冷やして満足して受診しない足先冷却は非推奨、顔は溺水リスク、冷却後はただちに搬送
出血頭・首・体幹に止血帯を巻く止血帯は四肢と尾のみ
溺水逆さ吊りで水を抜こうとする呼吸の回復を優先する
骨折引っぱって戻す、無理に固定する動かさずに支えて運ぶ
全般自分が危険な状況で手技を行う提供者へのリスクが高い場合は行わないことを一様に推奨

この表は、2026年RECOVER応急処置ガイドライン(臨床ガイドライン本体および根拠評価編)、2024年RECOVER CPRガイドライン、ACVIMのてんかん重積コンセンサス、米国心臓協会・米国小児科学会の2024年溺水重点改訂の記載を、編集部が家庭で確認しやすい形に並べ直したものです。個々の状況で優先順位が変わることがあるため、可能な限り動物病院に電話でつながりながら判断してください。

備える——救急バッグと、電話で伝えること

家に置いておくもの

万能の「犬用救急箱」は存在しません。RECOVERの推奨から逆算すると、家庭で本当に使う可能性が高いのは、意外に地味なものばかりです。

犬の救急バッグ(RECOVERの推奨から逆算した実用版)

  • 動物用の体温計(直腸温を測れるもの)とワセリン。熱中症の冷却をいつやめるかの判断に直結する
  • 清潔なガーゼ、大きめの吸水パッド、伸縮包帯、粘着テープ(直接圧迫用)
  • 幅5cm以上のスカーフか、しっかりした綿の帯(四肢・尾の止血帯の代用)
  • 大判のバスタオル2枚(保温、体を支えての搬送、口を覆う)
  • 使い捨て手袋(化学物質の処理と、出血への対応)
  • 犬に合ったサイズの口輪(嘔吐・呼吸困難時は使わない)
  • 生理食塩水(目や傷を洗う)、ペンライト
  • 折りたたみ式の水入れと水、ペットボトル(体幹への注水にも使える)
  • 厚紙かキャリーの底板など、体を平らに支えて運べるもの
  • 連絡先・体重・投薬内容・既往を書いた紙(スマホが使えない状況を想定する)

メモ

災害用の持ち出し袋を作ってあるなら、その中身と重ねてしまうのが管理として楽です。防災週間に持ち出し袋の点検をするとき、体温計の電池と包帯の劣化もいっしょに見る。年に一度の見直しの機会にできます。

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電話と受付で伝えること

到着してからではなく、向かう車の中で電話をかけるほうが、受け入れ側の準備が進みます。伝える内容は、中毒110番が問い合わせ時に確認する項目がほぼそのまま使えます。

  1. 1

    犬の基本情報

    犬種、年齢、体重、去勢避妊の有無、持病、飲んでいる薬。
  2. 2

    何が、いつ起きたか

    「17時20分ごろ、散歩から帰って5分後に倒れた」のように、時刻と経過を具体的に。
  3. 3

    いま何をしているか

    胸部圧迫を続けている、冷却をした、止血帯を巻いた、など。応急処置の内容と開始時刻。
  4. 4

    原因物質があるなら現物を持つ

    誤飲・中毒では、包装や商品名がわかるものを持参する。中毒110番も「できれば商品等を手元に」と案内しています。
  5. 5

    到着予定時刻と、運転者・処置者の役割

    「あと15分で着きます。運転は夫、後部座席で私が圧迫を続けます」まで伝わると、受け入れ側が動きやすくなります。

飼い主向けのCPR講習を受けるという選択

文章と図で学べることには限界があります。胸郭を3分の1まで押す感覚も、100〜120回のテンポも、実際にマネキンで手を動かしてみないと身体には残りません。

RECOVER自身が、飼い主とペット関連の事業者向けのオンライン講習「CPR Course for Pet Owners and Pet Professionals」を提供しています。コーネル大学獣医学部と共同で設計され、受講料は35米ドル、所要約1時間、自分のペースで進められるオンライン形式で、修了証が発行されます。この修了はさらに、対面ワークショップを経て「RECOVER Certified Pet Rescuer」になるための第一段階にも位置づけられています。対象として、飼い主のほか、ペットシッター、ドッグウォーカー、ドッグデイケアの運営者、トリマーが挙げられています。

注意

ひとつ注意があります。RECOVERは公式FAQで「RECOVERのCPRコースはエビデンスにもとづく獣医CPRに特化しており、一般的な応急処置(first aid)の指導は現時点では含まれていない」と明記しています。2026年に応急処置ガイドラインが出たばかりなので、教育プログラムへの反映はこれからです。CPRの講習を受けたからといって、熱中症や出血の対応まで学べるわけではありません。

日本語で受けられるものもあります。一般社団法人日本国際動物救命救急協会と一般社団法人日本防災教育訓練センターが認定する「ペットセーバー」講習は、犬と猫を対象に、一次救命処置、人工呼吸、CPR、気道異物除去、止血、包帯、骨折時の固定と搬送、ペットの防災までを扱い、東京・大阪・名古屋を含む各地で定期的に開催されています。オンラインで受けられるものとしては、一般社団法人日本ペットBLS防災学会の「ペットBLS検定」があり、同学会はRECOVERガイドラインに沿った内容だと説明しています。ほかに、一般社団法人日本ペット救命活動協会(JPL)がぬいぐるみを使った実習形式の講習を各地で開催しています。

いずれも民間団体の講習で、公的資格ではありません。内容や監修体制は団体ごとに異なります。選ぶときは、「どのガイドラインに準拠しているか」「実技があるか」「更新の仕組みがあるか」を見ておくと、比較しやすくなります。

迷ったら、手技より受診

最後に、この記事でいちばん大事なことを書きます。

**家庭での応急処置は、獣医療の代わりにはなりません。**2026年のRECOVER応急処置ガイドラインも、扱ったすべての場面について、応急処置のあとは「できるだけ早く獣医師の診察を受けること」を条件として付けています。異物が取れても、出血が止まっても、体温が下がっても、それは治療ではなく時間稼ぎです。

そして、手技に自信がないことは、行動しない理由にはなりません。RECOVERが一般の救助者向けアルゴリズムに置いた順番は、安全確認、助けを呼ぶ(スピーカーホンで)、10秒以内に胸部圧迫を開始、搬送、です。完璧な胸部圧迫より、早く始まった胸部圧迫と、早い搬送。この記事を読んで覚えて帰ってもらいたいのは、細かい数字よりも、この順番のほうです。

逆に、少しでも判断に迷う状況——本当に心停止なのかわからない、呼吸はしているように見える、原因がわからない——であれば、手技を試すより、車に乗せて動物病院へ向かうほうが確実です。電話をかけながら移動できる人がもう一人いるなら、なおよい。今日できる備えは、その「もう一人」と、行き先の電話番号を、あらかじめ決めておくことだけです。

犬にAEDは使えますか。
家庭で使う想定のものではありません。RECOVERの2024年ガイドラインで除細動が扱われているのは、心電図で心室細動または無脈性心室頻拍というリズムが確認できた場合で、これは動物病院で心電図をつないで初めて判断できるものです。院外の一般の救助者向けアルゴリズムに除細動は含まれていません。人用のAEDを犬に当てることは考えないでください。
胸部圧迫で肋骨が折れてしまわないか心配です。
十分な深さの圧迫は、たしかに胸郭に負荷をかけます。ただしRECOVERは、側臥位で胸郭幅の3分の1〜2分の1という深さを強く推奨しています。浅い圧迫では血液が送られず、心停止の動物に対しては何もしていないのと変わりません。なお、圧迫点の近くに骨折があるような状況では判断が変わりますが、それは獣医療者が現場で調整する範囲の話です。
口鼻人工呼吸で人に病気がうつることはありませんか。
RECOVERは、人獣共通感染症のおそれや麻薬類への曝露が疑われるなど、救助者に危険があると考えられる場合には口鼻人工呼吸を行わず、胸部圧迫のみのCPRを行うことを推奨しています。ためらいがあるなら、無理をせず圧迫だけを続けてください。何もしないより確実によい選択です。
熱中症のとき、氷水に全身をつけてもいいですか。
いいえ。RECOVERは、犬と猫では浴槽やシンクでの冷水浸漬(CWI)をすすめないと明記しています。人ではCWIがもっとも有効な冷却法とされますが、人は腰を曲げて全身が沈むのを避けられ、指示にも従えるのに対し、犬猫ではそれができず、意図しない溺水と救助者へのリスクが高すぎると判断されたためです。RECOVERが提案しているのは、首より後ろに冷たい流水をかけ、被毛の薄い部位(多くは下腹部)から皮膚まで濡らす方法です。図にはこのほか、屋外のレジャーや山中といった環境での後躯(体の後ろ半分)の水没、クーラーボックスの氷水をかける方法も挙げられています。共通する注意は、顔を避けること(誤って溺れさせないため)と、直腸温が測れるなら39.7〜40.0℃で冷却をやめること、測れないなら15分冷やして搬送することです。
犬の心停止は、そもそもどのくらい院外で起きているのですか。
2026年のRECOVER応急処置ガイドラインは、動物病院で心肺停止となった犬猫のうち院外で発生したものの割合として8〜37%という報告値を引用しています。原因としては外傷、心疾患、呼吸器疾患が挙げられています。院外発生の犬でも生存退院した報告はある、とも記されています。
ペット保険や動物病院の夜間対応は、事前に確認しておくべきですか。
はい。とくに夜間・休日は、かかりつけが対応していない地域が多くあります。受診してから支払い方法や紹介先を調べるのは、いちばん余裕のないタイミングです。かかりつけの休診時間帯の案内、最寄りの夜間救急病院、支払い方法(クレジットカードが使えるか)を、平常時に一度確認しておいてください。

まとめ

2026年8月、犬と猫の応急処置について、初めてエビデンスと合意にもとづくガイドラインが公表されました。ただしその中身は「これで安心」ではなく、「わかっていないことが山ほどある」という誠実な報告でもあります。38の推奨のうち18件は専門家の意見にもとづくもので、飼い主によるCPRが犬猫の転帰を改善するかを直接調べた研究は、いまも1件もありません。

それでも、覚えて帰る価値のあることははっきりしています。反応がなく規則的な呼吸がなければ、脈を探さずに10秒以内に胸部圧迫を始めること。速さは1分間に100〜120回、深さは横向きで胸郭幅の3分の1〜2分の1、毎回完全に戻すこと。犬の胸の形で手を当てる場所が変わること。30回に2回の呼吸を、5秒以内に。そして、家庭のCPRの目的は蘇生ではなく、動物病院に着くまで脳と心臓に血を送り続けることであること。

同じくらい大事なのが、CPRの手前です。熱中症なら冷たい流水、窒息なら5回の背部叩打、出血なら直接圧迫、やけどなら流水20分。どれも特別な道具はいりません。そして共通の大原則が2つ——自分が危険なら手を出さないこと、応急処置をしたら必ず動物病院に見せること。

防災の日と救急の日が続く9月に、できることは3つだけです。夜間救急の電話番号を調べる。救急バッグの中身を点検する。時間があれば、実技のある講習を予約する。何も起きない年が続いたら、それがいちばんいい。ただ、その3つをやっておくかどうかで、起きてしまった日の数十分がまったく違うものになります。

出典・参考

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