犬の血尿・頻尿が治らないとき疑いたい膀胱がん(尿路上皮癌)|症状・BRAF検査・治療と2026年の東大研究
対象の目安: 成犬〜シニア


血尿が出て、膀胱炎と診断されて、抗菌薬を飲ませたらいったん落ち着いた。それなのに、しばらくするとまた赤い尿が出る。トイレに何度も行くのに少ししか出ない。こういう経過をたどっているシニア期の犬を前にすると、「膀胱炎がしつこいだけ」と思いたくなります。けれど、犬の泌尿器の病気のなかには、膀胱炎とほとんど同じ顔をして始まるものがあります。その代表が膀胱がん、正式には尿路上皮癌(移行上皮癌、英語ではTCCやUCと略されます)です。初期には血尿・頻尿・排尿のしぶりという膀胱炎そっくりの症状しか出さないことが多く、症状だけで見分けるのは獣医師でも難しいとされています。
この記事では、「治らない膀胱炎」の裏にあるかもしれない病気として膀胱がんを、飼い主の目線で整理します。どんな犬に起こりやすいか、膀胱炎と何が違うか、動物病院でどんな検査をするか、治療にはどんな選択肢があってそれぞれ何を期待できるか。あわせて、2026年9月1日に東京大学が発表した、分子標的薬ソラフェニブとピロキシカムを併用した臨床試験について、原文の数値をそのまま紹介したうえで、飼い主としてどう受け止めるとよいかを考えます。
「膀胱炎が治らない」の裏にあるかもしれない病気
尿路上皮癌とはどんながんか
膀胱の内側は、尿路上皮(移行上皮)と呼ばれる粘膜で覆われています。ここから発生する悪性腫瘍が尿路上皮癌で、以前は移行上皮癌と呼ばれていました。VCA Animal Hospitalsは、膀胱腫瘍は犬の尿路の腫瘍のなかで群を抜いて多く、そのなかでも移行上皮癌が最も一般的だと説明しています。Purdue大学の比較腫瘍学研究センターは、犬のがん全体の約2%がこの膀胱がんだとしています。
このがんの厄介な点は、できる場所と広がり方にあります。Merck Veterinary Manualは、犬の移行上皮癌は膀胱の三角部(尿管が入り、尿道が出ていく膀胱の出口付近)や尿道にできることが多いと述べています。Knappらの総説(Frontiers in Oncology、2020)も、犬の浸潤性尿路上皮癌の大半は三角部にあり、半数以上で尿道への進展がみられると報告しています。出口の近くにできるため、大きくなると尿の通り道をふさぎやすく、また外科で全部取り除くのが難しい、という2つの問題が同時に起こります。
もうひとつ、深くまで入り込むタイプが多いことも特徴です。イース動物病院の獣医師解説は、診断時に90%以上が中等度から高度悪性(グレード2〜3)の筋層浸潤性腫瘍だとしています。見つかった時点で膀胱の壁の筋肉層まで入り込んでいるのが普通、ということです。
「しつこい膀胱炎」との関係
なぜこの病気が膀胱炎と間違われやすいのか。理由はシンプルで、初期の症状がほぼ同じだからです。さだひろ動物病院の解説は、初期には血尿・頻尿・排尿困難を呈し、細菌性膀胱炎と酷似していると述べ、一般的な抗菌薬で速やかな改善が見られない場合に「難治性の膀胱炎」と自己判断してしまう危険を指摘しています。同解説は、診断の遅れが尿路閉塞による致命的な結果に直結しうるとも書いています。
さらに、VCAは、尿路感染症を繰り返す、または治療しても治りきらない場合に、獣医師が尿路の腫瘍を疑うことがあると説明しています。抗菌薬で細菌が減れば一時的に症状は軽くなっても、腫瘍が残っていればまた感染が起こる。この「効くけれど、繰り返す」というパターン自体が、ひとつのサインになります。
メモ
あわせて読みたい
犬の膀胱炎・頻尿・血尿|サインの見分け方と検査・治療、再発を防ぐ家庭のケア
どんな犬に起こりやすいのか
年齢・性別・避妊去勢
このがんは、基本的に中高齢の犬の病気です。Knappらの総説(2020)は、診断時の平均年齢・中央年齢を9〜11歳と報告しています。VCAも中年期から高齢の動物に最も多いとしています。東京大学の2026年の臨床試験に参加した43頭の年齢中央値は12.1歳(範囲7.6〜17.1歳)で、28頭がメス、15頭がオスでした。
性別では、メスのほうが多いことが繰り返し報告されています。Knappらの総説はメスとオスの比を1.71対1から1.95対1としています。イース動物病院の解説でもメスはオスの1.7倍とされています。避妊・去勢との関連も指摘されており、Knappらは避妊・去勢済みの犬で未処置の犬と比べて約2倍のリスク上昇があるとしています(イース動物病院は約4倍としており、出典によって数字に幅があります)。ただしこれは「関連がある」という段階の話で、避妊・去勢には別の大きな利点があるため、手術の判断とは切り離して考える必要があります。
犬種によるリスク差
犬種差は、このがんの大きな特徴です。Knappらの総説(2020)は、雑種犬と比較したオッズ比として次の数字を挙げています。
| 犬種 | 雑種犬と比べたリスク(オッズ比) |
|---|---|
| スコティッシュ・テリア | 21.12倍 |
| エスキモー・ドッグ | 6.58倍 |
| シェットランド・シープドッグ | 6.05倍 |
| ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア | 5.84倍 |
| キースホンド | 4.26倍 |
Purdue大学の研究センターの解説では、スコティッシュ・テリアで18〜20倍、シェットランド・シープドッグ、ビーグル、ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア、ワイアーヘアード・フォックス・テリアで3〜5倍としており、数字の取り方で多少の幅はあるものの、傾向は一致しています。VCAはウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア、ビーグル、ジャック・ラッセル・テリア、スコティッシュ・テリアを挙げています。
リスクの高い犬種でなくても発症しますし、該当犬種の多くはこのがんにならずに一生を終えます。犬種のリスクは怖がるためのものではなく、シニア期の健診で膀胱の超音波検査を入れる、血尿が出たら早めに超音波を頼む、という行動の根拠として使うのが実用的です。
肥満と、除草剤・殺虫剤への曝露
VCAは、犬の膀胱腫瘍が肥満と、特定の殺虫剤への曝露に関連づけられていると述べています。MSPCA-Angellの解説は、環境リスク要因として、旧世代のノミ駆除製品、除草剤、殺虫剤への曝露を挙げています。
除草剤との関連で最もよく引用されるのが、Purdue大学のスコティッシュ・テリア研究です。ScienceDailyが紹介した2004年の発表によると、Lawrence T. Glickman教授らのグループ(Deborah W. Knapp氏ら)は、膀胱がん(移行上皮癌)を発症したスコティッシュ・テリア83頭と、ほぼ同年齢の対照83頭の環境曝露歴を比較し、除草剤で処理された芝生や庭にさらされた犬では膀胱がんのリスクが4〜7倍高いという結果を得ました(Journal of the American Veterinary Medical Association、2004年4月15日号)。Purdue大学の研究センターの解説とKnappらの総説(2020)では、除草剤曝露で7倍のリスク上昇と紹介されています。同じ発表のなかでGlickman教授は、この効果は化学物質曝露と遺伝的素因の組み合わせによるもので、曝露がスコティッシュ・テリアの遺伝的素因を悪化させる形で作用していることから、ヒトでも同様の素因をもつ一部の人だけが同じリスクを負う可能性が高い、と述べています。
一方で、食事との関連を示した報告もあります。MSPCA-AngellとKnappらの総説はいずれも、スコティッシュ・テリアで週3回以上野菜を摂取した場合に発症リスクが70%低下したという報告を紹介しています。ただしこれは特定の犬種を対象にした観察研究で、野菜を食べさせれば予防できると保証するものではありません。
犬種別のリスク倍率と性別・避妊去勢の影響はKnappらの総説(Frontiers in Oncology、2020)とPurdue大学、イース動物病院の記述に、除草剤との関連はScienceDailyが紹介したPurdue大学の2004年発表とPurdue大学の研究センターの解説に基づいています。海外の研究であり、日本の住環境や芝生用薬剤の使用状況とは前提が異なる点に注意してください。
ヒント
症状:膀胱炎とどこが違うのか
初期は「膀胱炎と同じ」
Merck Veterinary Manualは、犬の移行上皮癌で最も多い症状として、血尿、排尿困難、排尿のしぶり、頻尿を挙げています。Purdue大学も、血尿、排尿時のいきみ、頻繁な排尿の試みが最も一般的だとしています。イース動物病院の解説は、血尿・頻尿・排尿困難を「典型的な三徴候」と表現しています。
これらはいずれも細菌性膀胱炎で見られる症状そのもので、症状だけで両者を区別することはできません。タテイシ動物病院の解説も、症状だけでは判断が難しく、診断が遅れるとリンパ節や全身の臓器に転移するリスクがあると述べています。
進行すると出てくるサイン
がんが大きくなると、膀胱炎ではあまり見られないサインが加わってきます。NC State大学の解説は、進行すると尿路閉塞や排尿困難が生じるとし、尿失禁や尿の勢いの低下も症状に含めています。イース動物病院の解説は、尿道閉塞による急性腎不全・尿毒症を最も危険な状態として挙げ、四肢の跛行(足を引きずる)、食欲不振、体重減少も報告されているとしています。さだひろ動物病院も、骨転移が起きたときに跛行が生じる可能性に触れています。
Knappらの総説(2020)によれば、診断時に転移がみられるのは約16%ですが、死亡時には137頭中92頭(67%)に転移がみられ、肺が50%、骨が11%でした。最初は膀胱の中だけの病気に見えても、時間とともに広がっていく性質をもっています。
受診時に伝えたい観察メモ
- 血尿が最初に出たのはいつか。抗菌薬で治まったか、治まったあと何週間で再発したか
- 1日の排尿回数と、1回の量。出そうとしているのに出ない・少ししか出ないことがあるか
- 排尿のときに鳴く、いきむ、途中でやめるなど、痛そうな様子があるか
- 尿の色。うっすら赤いのか、血の塊が混じるのか、いつも赤いのか最後だけ赤いのか
- 飲む水の量が増えていないか(尿の量が減っているのに飲むのが増えていれば要注意)
- 食欲・体重・元気の変化。後ろ足を引きずるなどの歩き方の変化があるか
- これまでに処方された薬の名前と、効いた・効かなかった
- 犬種と年齢、避妊去勢の有無、庭やベランダで除草剤・殺虫剤を使っているか
注意
動物病院での診断の流れ
診断は、侵襲の少ない検査から順に進みます。イース動物病院、MSPCA-Angell、NC State大学、Merck Veterinary Manualの記述をもとに、一般的な流れをまとめます。
- 1
尿検査と尿の培養
血尿・頻尿の最初の検査です。細菌感染があれば培養で確認します。尿検査だけでがんを否定することはできません。 - 2
腹部超音波検査(エコー)
膀胱の中に腫瘤があるか、壁が厚くなっていないか、どこにあるか(三角部か、膀胱の天井側か)、尿管や尿道への影響はあるかを調べます。NC State大学は、原発腫瘍の正確な診断と計測に腹部超音波検査を推奨しています。イース動物病院は、約50〜70%が膀胱三角部に好発するとし、超音波で位置・大きさ・浸潤の程度を評価すると説明しています。麻酔なしでできる検査で、「膀胱炎が繰り返す」段階で頼める最初の一手です。 - 3
尿のBRAF遺伝子変異検査
尿を採るだけで、腫瘍細胞に特有の遺伝子変異(BRAF V595E)があるかを調べる検査です。詳しくは次の項で説明します。 - 4
細胞・組織の採取(カテーテル吸引・膀胱鏡・生検)
確定診断のために、腫瘍の細胞や組織を採ります。NC State大学は、尿道カテーテルによる採取(外傷性カテーテル法)、膀胱鏡検査、膀胱切開術などを挙げています。イース動物病院は、尿道カテーテルで腫瘍表面を擦過する方法と、内視鏡で直視下に採取する膀胱鏡生検を挙げ、膀胱鏡生検を推奨法としています。Purdue大学は、BRAF検査や抗原検査には偽陽性・偽陰性があるため、確定診断には組織生検が必須だとしています。 - 5
転移と全身状態の確認
胸部レントゲン、腹部の画像検査、血液検査で、転移の有無と腎臓・肝臓の状態を確認し、治療の選択肢を絞ります。イース動物病院はCT検査が転移評価に優れているとしています。
BRAF遺伝子検査の読み方
近年、診断の入口として広まっているのが、尿を使ったBRAF遺伝子変異検査です。犬の尿路上皮癌と前立腺癌では、BRAF遺伝子の特定の変異(V595E)が高い頻度でみられることが分かっており、尿に混じった細胞からこの変異を検出します。Merck Veterinary Manualは、尿中のBRAF変異細胞の検出を、最も一般的なタイプの膀胱がんに対する感度・特異度の高い非侵襲的検査だと位置づけています。
ただし、結果の読み方には注意点があります。
- 陽性のときは信頼性が高い。ケーナインラボの検査説明は、特異度が100%で、理論上、BRAF変異があるということは移行上皮癌または前立腺癌であることを示すとし、「変異あり」は他の検査と合わせてより確定的な診断材料になると説明しています。イース動物病院も、特異度100%で陽性なら尿路上皮癌の確定診断に直結するとしています。
- 陰性でもがんを否定できない。イース動物病院は感度を約80%とし、陰性でも尿路上皮癌を完全に否定できないと注意しています。ケーナインラボの説明でも、移行上皮癌・前立腺癌における変異の検出率は60〜80%で、変異なしでも癌を否定できないこと、検体中の腫瘍細胞の割合が少ないと判断が難しいことが明記されており、形態評価(細胞診・病理診断)と組み合わせて用いる検査だと位置づけられています。
- 症状がない犬のスクリーニングでは陽性の意味が変わる。Purdue大学が6歳以上のスコティッシュ・テリア120頭を3年間、6か月ごとに超音波と尿検査でスクリーニングした研究では、117頭から得た383検体の尿でBRAF変異を調べたところ、陽性的中率(陽性だった犬のうち本当にがんがあった割合)は44%、陰性的中率は92%でした。症状のない犬で陽性が出た場合、それだけで診断とせず、超音波や膀胱鏡で確認する必要があるということです。
ヒント
経皮的な針生検がすすめられない理由
ほかの腫瘍では、体の外から細い針を刺して細胞を採る検査(針吸引)がよく行われます。しかし膀胱の腫瘍では、この方法に慎重であるべきだとされています。イース動物病院の解説は、経皮的な針生検(腹壁から直接針を刺す方法)や開腹手術による生検は、腫瘍細胞が腹腔内・腹壁に播種するリスクが高いため原則として推奨されないとしています。また、MSPCA-Angellの解説は、盲目的な膀胱穿刺(超音波ガイドなしに体外から針を刺して尿を採る方法)が、悪性腫瘍を針の通り道にまき散らすリスクと関連していると述べています。
そのため、細胞や組織を採るときは、尿道を通してカテーテルや内視鏡を入れ、体の壁を通さずに採取する方法が選ばれます。タテイシ動物病院の解説でも、カテーテルを尿道から膀胱へ挿入して粘膜組織を吸引採取する方法が紹介されています。もし「膀胱に針を刺して調べましょう」と提案されたら、播種のリスクについて一度質問してみてください。
あわせて読みたい
犬のがん検診と血液検査|2026年に選べる「早期発見」の検査でわかること・わからないこと
治療の選択肢と、それぞれの位置づけ
このがんは、現時点で「治る」ことを目標にするのが難しい病気です。NC State大学の解説は、尿路上皮癌の治療は治癒を目指せるものではないが、生活の質を保ちながら時間を延ばす選択肢はいくつかあるとし、手術、NSAID、化学療法、放射線治療を挙げています。まず全体像を、出典で確認できた生存期間の目安とともに整理します。数字は研究ごとに対象や条件が違うため、大まかな比較として見てください。
| 治療 | 内容 | 生存期間中央値の目安(出典) |
|---|---|---|
| NSAID単独 | ピロキシカムなどを毎日内服 | 3〜6か月(NC State)。Purdue大学のピロキシカム単独76頭では244日 |
| 化学療法+NSAID | ビンブラスチン、ミトキサントロン、カルボプラチンなど | 膀胱の病変で6〜12か月、前立腺・尿道の病変で6か月(NC State) |
| メトロノミック化学療法 | 低用量の抗がん剤(クロラムブシルなど)を毎日内服 | Purdue大学の31頭で221日。香港の後ろ向き研究(2025)では303日 |
| 放射線治療 | IMRT/IGRTなどの精密照射 | 6〜20か月以上(NC State) |
| 外科手術 | 位置によっては部分切除。膀胱尿道全摘出は限られた施設で | 東京大学の全摘出+内科療法21例で481日 |
| 尿道ステント | 尿道閉塞時に尿の通り道を確保する緩和処置 | イース動物病院はステント留置後の中央値を約78日としている |
NSAID(ピロキシカムなど)が治療の土台になる理由
ピロキシカムは非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)ですが、犬の膀胱移行上皮癌に対して腫瘍を抑える作用が報告され、治療の基本薬です。VCAは、ピロキシカムがNSAIDであると同時に抗腫瘍薬として、主に犬の膀胱移行上皮癌の治療に使われると説明しています。Merck Veterinary Manualも、化学療法とCOX阻害薬(ピロキシカム、デラコキシブ、フィロコキシブ)の併用を治療として挙げています。
効果の目安として、Purdue大学は、ピロキシカム単独で治療した76頭のうち、完全寛解2頭、50%以上の縮小14頭、安定45頭、進行15頭で、生存期間中央値は244日だったと報告しています。イース動物病院の解説では、ピロキシカム0.3mg/kg/日またはメロキシカム0.1mg/kg/日で、約20%で腫瘍が縮小、50%以上で病勢が安定し、生存期間中央値は約4〜6か月とされています。
副作用には注意が必要です。VCAは、ピロキシカムの主な副作用として、重篤な消化管潰瘍と出血、腎障害、肝酵素の上昇などを挙げ、他のNSAIDやステロイドとの併用は禁忌としています。また、開始前に血液検査と尿検査を行い、長期使用では肝機能・腎機能を定期的に検査することが重要だとしています。さだひろ動物病院も、NSAIDは腎機能が正常に保たれている場合に投与するとしています。シニア犬では腎臓の数値を見ながら使うことになるため、「お薬だけだから楽」というわけではありません。
化学療法:併用で効果が上がる
抗がん剤は、NSAIDと組み合わせて使われるのが一般的です。NC State大学は、ミトキサントロン、ビンブラスチン、カルボプラチンを挙げています。Purdue大学のデータでは、ビンブラスチンとピロキシカムの併用で生存期間中央値299日、ミトキサントロンとピロキシカムの併用で250〜300日と報告されています。
近年は、低用量の抗がん剤を毎日飲ませる「メトロノミック化学療法」も選択肢に入っています。Purdue大学は低用量クロラムブシルで治療した31頭で、がんの制御率70%、生存期間中央値221日としています。香港の動物病院で2005年から2024年に診断された84頭を対象とした後ろ向き研究(Frontiers in Veterinary Science、2025)では、治療別の生存期間中央値はメトロノミック化学療法で303日、従来型化学療法で219日、手術+COX-2阻害薬で194日、COX-2阻害薬単独で127日でした。
放射線治療
NC State大学は、IMRT/IGRTによる定位照射と緩和照射を挙げ、生存期間中央値を6〜20か月以上としています。イース動物病院の解説では、放射線治療(IMRT)と化学療法の併用で約12〜20か月以上とされています。一方で、さだひろ動物病院の解説は「現在、放射線療法は一般的な選択肢ではありません」と述べており、国内では施設のアクセスや費用の面で、誰にでも選べる治療とは言いにくいのが実情です。
外科手術の限界と、全摘出という選択
「がんなら切ればいい」と考えたくなりますが、このがんでは手術の役割は限定的です。VCAは、膀胱が尿道につながる領域が最もよく侵されるため、手術は通常選択肢にならないと述べています。Merck Veterinary Manualも、三角部や尿道に位置するため完全な外科的切除は難しいとしています。NC State大学は、手術の適応を膀胱の頂部(尿道から遠い側)にある腫瘍としています。
さだひろ動物病院の解説は、外科の選択肢として、腫瘍が肉眼的に全切除できる場合の膀胱部分切除術(根治目的ではなく、術後は膀胱容積の減少による重度の頻尿が起こる)と、根治の可能性が最もあるが極めて侵襲が高く術後は尿が常時出続ける状態になる膀胱全摘出と尿路変更術を挙げています。
膀胱全摘出については、東京大学が2025年6月に発表した報告があります。膀胱三角部の移行上皮癌の犬21例に膀胱尿道全摘出術と分子標的薬による内科療法を組み合わせたところ、生存期間中央値は481日(約16か月)で、2年以上生存した犬が14%いました。一方で、短期の合併症として下痢(76.2%)、吻合部の離開、急性腎障害、長期では慢性腎障害(27.8%)や腎盂腎炎(55.0%)が報告されています(The Canadian Veterinary Journal掲載)。長く生きられる可能性がある反面、体への負担と術後の管理は大きく、実施できる施設も限られます。
尿道閉塞への対応:ステントと膀胱瘻チューブ
腫瘍が尿道をふさぎ、尿が出せなくなったときは、命に関わるためすぐに対応が必要です。NC State大学は、尿管・尿道の閉塞を改善するためのステント留置を選択肢に挙げています。イース動物病院の解説では、尿道ステントは閉塞時の緊急処置で、留置後の生存期間中央値は約78日とされています。さだひろ動物病院は、尿の流れをバイパスする膀胱瘻チューブ設置術を緩和的処置として挙げています。
これらはがんを治す処置ではなく、「尿が出せる状態を取り戻す」ための処置です。診断がついた時点で、もし尿が出なくなったらどうするかを先に話し合っておくと、いざというときに慌てずに済みます。
分子標的薬という新しい流れ
近年、特定の分子を狙う分子標的薬の研究が進んでいます。イース動物病院の解説は、ラパチニブとピロキシカムの併用をピロキシカム単独と比較した86頭の試験で、無増悪生存期間と全生存期間がいずれも約2倍になったと紹介しています。ただし、さだひろ動物病院が「非常に高価な薬剤」と述べているように、費用面のハードルは小さくありません。この流れの延長線上にあるのが、2026年9月に東京大学が発表したソラフェニブの研究です。
2026年9月、東京大学が発表したソラフェニブ併用療法の臨床試験
発表の内容と、原文の数値
2026年9月1日、東京大学大学院農学生命科学研究科の前田真吾准教授らの研究グループは、犬の尿路上皮癌に対する分子標的薬ソラフェニブとピロキシカムの併用療法について、獣医師主導の前向き臨床試験の結果を発表しました。論文は同日付でScientific Reports誌に掲載されています(Sci Rep 16, 24028、DOI: 10.1038/s41598-026-64955-1)。
プレスリリースと論文に書かれている主な数値は次のとおりです。
- 対象は、東京大学附属動物医療センターで尿路上皮癌と診断された犬43例。年齢中央値12.1歳(範囲7.6〜17.1歳)、メス28頭、オス15頭。
- ソラフェニブ(5〜10mg/kg、投与量の中央値7.3mg/kg)とピロキシカム(0.3mg/kg)を、1日1回経口で併用し、第一選択治療として投与。
- 奏効率(腫瘍が一定以上縮小した割合)は62.8%。内訳は部分奏効27頭(62.8%)、安定11頭(25.6%)、進行5頭(11.6%)。完全奏効はありませんでした。
- 無増悪生存期間(がんが進行せずにいられた期間)の中央値は175日(範囲31〜665日)。
- 全生存期間の中央値は407日(範囲103〜1,723日)。
- ピロキシカム単剤で治療した過去の症例(ヒストリカル・コントロール、42頭)と比べて、生存期間が約2倍に延長。
- 副作用は43頭中36頭(84%)にみられ、大半はグレード1〜2で一過性。主なものは全身性高血圧(49%)、ALT上昇(35%)、ALP上昇(16%)、下痢(16%)、クレアチニン上昇(14%)。皮膚の副作用(色素沈着、かゆみ、脱毛)は7頭(16%)。グレード3の有害事象は3件で、うち1頭は急性腎障害で輸液とピロキシカムの中止で対処。グレード4〜5の有害事象はなく、副作用でソラフェニブを中止・減量した犬はいませんでした。
治療効果を予測するバイオマーカー
この研究のもうひとつの柱は、「どの犬に効きやすいか」を予測する指標を見つけたことです。
1つめは、尿沈渣中の腫瘍細胞におけるCX3CL1という遺伝子の発現です。プレスリリースは、CX3CL1の発現が高い症例ではより長い生存期間が得られたと説明しています。CX3CL1は、免疫細胞を呼び寄せるケモカインと呼ばれるタンパク質のひとつです。
2つめは、治療中の高血圧です。ソラフェニブを投与すると、約半数の症例で収縮期血圧が上昇しました。そして、高血圧を認めた症例は認めなかった症例より生存期間が長かった。プレスリリースは、この高血圧をOn-target toxicity(標的分子が十分に阻害された結果として生じる副作用)と説明し、それが良好な治療効果と関連することを前向き臨床試験で初めて実証した、としています。論文によれば、高血圧はカルシウム拮抗薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬でコントロールでき、治療を続けることができました。
この項の数値と記述は、東京大学大学院農学生命科学研究科のプレスリリース(2026年9月1日)と、Maeda S, et al. Sci Rep 16, 24028 (2026)の本文に基づいています。試験は東京大学附属動物医療センター臨床試験委員会の承認(VMC2019-03)を受け、飼い主の書面による同意のもとで行われています。
数字をどう受け止めるか
奏効率62.8%、生存期間中央値407日という数字は、これまでのピロキシカム単独の成績(Purdue大学の76頭で244日)と並べると、たしかに希望のある結果です。ただ、飼い主として冷静に押さえておきたい前提がいくつかあります。
- 単一施設・単群の試験であること。論文自身が限界として、比較対照群を同時に置かない単群・非無作為化の試験であるため、他の治療法との直接比較や、効果をソラフェニブに帰属させる断定はできないと明記しています。対照は過去の症例(ヒストリカル・コントロール)で、支持療法の変化による時間的なバイアスも排除できないとし、結論を確定するには無作為化比較試験が必要だと述べています。
- 参加した犬は選ばれていること。完全な尿道閉塞や腫瘍による水腎症、クレアチニンが3.0mg/dLを超える腎機能低下、重い併存疾患のある犬は除外され、スクリーニングされた55頭のうち12頭は参加していません。全身状態が比較的保たれた犬での成績だということです。
- ソラフェニブは人の薬であること。プレスリリースの用語解説は、ソラフェニブをヒトでは肝細胞癌、腎細胞癌、甲状腺癌などの治療薬として承認されている分子標的薬だと説明しています。試験では人用の製剤(Nexavar)を犬に用いています。犬のために開発され承認された動物用医薬品ではなく、投与量は犬での反復投与毒性試験のデータをもとに設定された、と論文は述べています。
- 血圧管理が前提であること。約半数に高血圧が起こり、その管理が治療継続の条件になっています。定期的な血圧測定と降圧薬の調整ができる体制で使う薬だということです。
注意
予後の目安と、暮らしの工夫
「予後」の数字の読み方
このがんの予後について、Merck Veterinary Manualは、犬は診断後しばしば1年以上を良好な生活の質で過ごせると述べています。Knappらの総説(2020)は、80%以上の犬で病気を良好にコントロールでき、多くが数か月から1年以上、少数が3年以上、良好な生活の質を保っているとしています。イース動物病院の解説では、治療を開始した場合の全体の生存期間中央値は約233日で、治療反応が良好な約20%は1年半〜2年以上良好な生活の質を維持できるとされています。
「中央値」は、半分の犬がそれより長く、半分が短い、という数字です。予後の数字は治療を選ぶための材料であって、その子の残り時間を言い当てるものではありません。
予後を左右する要因として、部位の影響ははっきりしています。NC State大学は、化学療法とNSAIDの併用でも、膀胱の病変なら6〜12か月、前立腺・尿道の病変なら6か月と分けて示しています。香港の後ろ向き研究(2025)でも、前立腺の腫瘍は生存期間中央値88日と最も短く、他の部位より有意に予後が悪いという結果でした。
診断後の暮らしを整える
治療中は、排尿の状態を毎日見ておくことと、急変時の動きを決めておくことが大切です。
- 1
排尿の記録を毎日つける
さだひろ動物病院の解説は、毎日の排尿回数、尿量、血尿の程度のモニタリングを必須としています。時間と回数、色、出にくそうだったかを1行ずつメモするだけで、悪化の兆候を早くつかめます。スマートフォンのメモやカレンダーアプリで十分です。ペットシーツの上で排尿する子なら、シーツの色と広がりを写真に残しておくと比較しやすくなります。 - 2
水とトイレの環境を整える
頻尿だからといって自己判断で水を制限しないでください。飲水量の増減は記録しておくと診察の手がかりになります。寝床の近くにトイレを増やす、外でしか排尿しない子なら散歩を短く小分けにするなど、我慢させる時間を減らす工夫も役に立ちます。 - 3
薬は決められた通りに、勝手に足さない
ピロキシカムなどのNSAIDは、他のNSAIDやステロイドとの併用が禁忌です(VCA)。人用の鎮痛薬やサプリメントを自己判断で足さないでください。投薬時に犬が嫌がって咬みつく事故のリスクにさだひろ動物病院も触れており、飲ませ方に困ったら獣医師や看護師に相談してください。 - 4
急変時の連絡先を書いて貼っておく
尿が出ない、ぐったりしている、といった急変は夜間に起こることもあります。かかりつけが対応できない時間帯の救急病院の電話番号と場所を、家族全員が見える場所に貼っておいてください。さだひろ動物病院も、夜間に閉塞したときの救急対応計画を診断時に整えることの重要性を述べています。
あわせて読みたい
犬が水を飲みすぎる・おしっこが増えた(多飲多尿)|飲水量の目安と測り方、隠れている病気と受診の目安
あわせて読みたい
シニア犬との暮らし方|7歳からの変化に寄り添うケアと住環境
獣医師に聞いておきたい質問
診察室で緊張して聞き忘れることを防ぐために、質問を用意していくことをおすすめします。以下は、この記事で紹介した出典をもとに、聞いておくと治療の見通しが立ちやすくなる項目です。
診断・治療の相談で聞いておきたいこと
- 腫瘍はどこにあるか(三角部か、頂部か、尿道や前立腺に及んでいるか)。それによって手術や予後の見立てはどう変わるか
- 転移の検査(胸部レントゲン、CT)は済んでいるか。現時点でステージはどのくらいか
- 確定診断はどの方法で行うか。経皮的な針生検を提案された場合、播種のリスクをどう考えるか
- この子の腎臓・肝臓の数値で、ピロキシカムなどのNSAIDは使えるか。使う場合、どのくらいの間隔で血液検査をするか
- 化学療法や放射線治療を選ぶ場合、この地域で受けられる施設はどこか。紹介状は書いてもらえるか
- 分子標的薬(ラパチニブ、ソラフェニブなど)は選択肢になるか。使える施設、費用の目安、血圧などの副作用管理はどうするか
- 尿が出なくなったときの緊急対応(ステント、膀胱瘻チューブ)はこの病院でできるか。できない場合、どこに行けばよいか
- 治療をしない・最小限にするという選択をした場合、どんな経過が予想され、どんな緩和ケアができるか
さだひろ動物病院の解説は、検査結果と予後について客観的な事実を包み隠さず報告する方針を述べています。飼い主の側も「はっきり教えてほしい」と伝えてよいのです。数字を知ることは、選ぶための準備です。
あわせて読みたい
犬が動物病院を嫌がる理由と慣らし方|震える・暴れる子への通院ストレス対策
「膀胱炎が治らない」という状態を、何度も繰り返す前に一度立ち止まって調べてもらうこと。それがこの記事でいちばん伝えたいことです。超音波と尿のBRAF検査は、どちらも犬への負担が小さく、動物病院から依頼できる検査です。結果が何でもなければ、それでよい。もし腫瘍が見つかったとしても、早く分かるほど選べる治療は多く、Purdue大学のスコティッシュ・テリアのスクリーニング研究では、早期に見つかりデラコキシブで治療した犬の生存期間中央値は615日で、過去の研究で症状が出てから見つかり同じ薬で治療した犬の成績(中央値323日)と比べて長かったと報告されています(同一研究内の対照ではなく、過去の研究との比較です)。
治療は、ピロキシカムのような飲み薬から、抗がん剤、放射線、手術、研究段階の分子標的薬まで幅が広がってきました。2026年の東京大学の発表は、その幅がさらに広がる可能性を示したものです。ただ、どの選択肢も、その子の年齢、腎臓の状態、腫瘍の場所、家族の事情によって向き不向きがあります。ニュースの数字に飛びつくのではなく、かかりつけの獣医師と一緒に、この子にとっての選択肢を並べるところから始めてください。
よくある質問
膀胱炎の薬で血尿が治まったのに、また再発しました。すぐにがんを疑うべきですか?
尿のBRAF検査が陰性でした。がんではないと考えてよいですか?
膀胱に針を刺して細胞を採る検査を提案されました。大丈夫でしょうか?
ソラフェニブという薬は、どこの動物病院でも使ってもらえますか?
除草剤を使わなければ予防できますか?
急に尿が出なくなりました。朝まで様子を見てもよいですか?
出典・参考
- 犬の尿路上皮癌に対する新たな分子標的治療を確立 ―ソラフェニブの有効性と予後予測バイオマーカーを実証― / 東京大学大学院農学生命科学研究科(2026年9月1日)
- Maeda S, et al. Sorafenib/piroxicam therapy with biomarker-defined survival benefit in canine muscle-invasive urothelial carcinoma. Sci Rep 16, 24028 (2026)
- 犬の尿路上皮癌に対する新たな治療プロトコルにより長期生存を実現 / 東京大学大学院農学生命科学研究科(2025年6月1日)
- Urinary Tract Tumors / VCA Animal Hospitals
- Piroxicam / VCA Animal Hospitals
- Neoplasia of the Urinary System in Dogs and Cats / Merck Veterinary Manual
- Canine Urinary Bladder Cancer Research / Purdue University College of Veterinary Medicine, Werling Comparative Oncology Research Center
- Screening Scottish Terriers for Bladder Cancer / Purdue University College of Veterinary Medicine
- Research Finds Lawn Chemicals Raise Cancer Risk In Scottish Terriers / ScienceDaily(Purdue University, 2004)
- Knapp DW, et al. Naturally-Occurring Invasive Urothelial Carcinoma in Dogs, a Unique Model to Drive Advances in Managing Muscle Invasive Bladder Cancer in Humans. Front Oncol. 2020
- Urothelial Carcinoma / NC State University Veterinary Hospital
- A New Approach to Diagnosing Transitional Cell Carcinoma in Dogs / MSPCA-Angell
- Treatment outcomes of dogs with transitional cell carcinoma / Frontiers in Veterinary Science(2025, PMC)
- 【獣医師解説】犬の尿路上皮癌(移行上皮癌):最新エビデンスに基づく診断・治療・予後の完全ガイド / イース動物病院
- 犬の膀胱移行上皮癌(TCC)における論理的選択と直視すべき現実 / さだひろ動物病院
- 犬と猫の膀胱腫瘍(移行上皮癌)について / タテイシ動物病院
- BRAF遺伝子変異検査 / 株式会社ケーナインラボ
関連する記事
犬の膀胱炎・頻尿・血尿|サインの見分け方と検査・治療、再発を防ぐ家庭のケア
何度もトイレに行く、少量ずつしか出ない、血が混じる。犬の膀胱炎や尿石症のサイン、オス・メスで違う点、尿道閉塞という緊急事態、動物病院での検査と治療、採尿のコツ、再発を防ぐ家庭のケアを出典つきでまとめました。
犬のがん検診と血液検査|2026年に選べる「早期発見」の検査でわかること・わからないこと
血液1本で愛犬のがんがわかる、という宣伝文句をどう受け止めるか。ヌクレオソーム・マイクロRNA・線虫という3つの検査の仕組みと公表値、陽性と陰性の正しい読み方、確定診断との距離を出典つきで整理しました。
犬が水を飲みすぎる・おしっこが増えた(多飲多尿)|飲水量の目安と測り方、隠れている病気と受診の目安
犬の飲水量の「正常」は出典によって幅があります。よく使われる目安の数値を並べたうえで、家庭で24時間の飲水量を測る手順、暑さや食事で増える生理的な理由、腎臓病・糖尿病・クッシング症候群・子宮蓄膿症など背景にありうる病気、受診の目安と動物病院での検査の流れを出典つきで整理しました。


